川相昌弘が殿堂入り投票で野村謙二郎、石井琢朗より多く票を得る不条理。再考するべき「犠打世界記録」の価値<SLUGGER>


次に挙げるのは、いずれも1980年代後半~2000年代にかけてセ・リーグで活躍した遊撃手の通算成績である。

▼選手A
2020安打、169本塁打、250盗塁、打率.285、OPS.755

▼選手B
2432安打、102本塁打、358盗塁、打率.282、OPS.728

▼選手C
1119安打、 *43本塁打、*47盗塁、打率.266、OPS.678

ちなみに、ベストナイン選出回数はAが3回、Bは5回、Cは1回。誰がどう見ても、AとBの方がCより優れた選手だと思うだろう。

しかし、1月13日に発表された野球殿堂入り選手に投票した人々の意見は違うようだ。A=野村謙二郎の得票数は80、B=石井琢朗はさらに少ない49。だが、彼らよりはるかに打撃成績で劣るC=川相昌弘には全候補者中4番目の217もの票が集まったのだ。


投票者たちは明らかに犠打記録を過大評価している


昔の日本では、体格的に長打があまり出なかったので、走者を得点圏に進める効果はあった。今でも高校野球でバントが多いのも同じ理由で、自己犠牲を尊ぶ日本人の精神性にも合っているのだろう。

しかし、プロ野球でもいまだにそうした理屈がまかり通っているのは、単にそれが“セオリー”だと信じ込んでいるだけではないのか。そもそも犠打とは、普通に打たせても安打が期待できない打者に与えられる作戦である。大谷翔平や村上宗隆には、どんな場面であろうとバントなどさせるわけがない。

川相自身、もっと打てる選手だったら世界記録になるほどバントは命じられなかったはずで、そうだったら殿堂の票数はずっと少なかったと思われる。これはどう見ても矛盾だ。バントに一切価値がないわけではないが、殿堂の投票者たちは明らかに過大評価している。「世界記録」という言葉の響きに惑わされ、その意味までは考えていないのではないか。

川相やラミレスが殿堂にふさわしくない、と言っているのではない。だが、川相に投票するなら野村や石井、ラミレスを選ぶなら松中や小笠原にも目を向けるべきだろう。ベストナインやゴールデン・グラブでふざけ半分の票を投じる記者は言語道断だが、「しっかり考えて」このような結果になるのだとしたら、それはそれで大きな問題だ。

(全文はリンク先)

・近年バントが数学的に見て得点に貢献しない戦術であるという説が言われるようになった訳ですが、その説が数字には表れ難い、相手の精神的な揺さぶりという効果を無視しているものであると言えます。

得点するには、ただ単調に打つだけでなく、相手守備の精神面やリズムを突き崩す事が極めて重要ですから、やはり効果的な戦術の一つであり軽視されるべきではないと思います。









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・バントは得点の効果が余り大きくないという説は古くから存在しました。初代巨人軍監督の三宅大輔という人物が、バントの効果は認めつつも、確率的には多用すべきではないと主張しています。

三宅氏はこのような理論から2番打者の積極的な攻撃の効果を唱えました。選手として三宅氏に接した三原脩氏はこの説をもとに流線型打線を確立しました。





・多くの人はバントという戦術を極めて短期的に捉えているという事です。私もノーアウト一塁からの無条件なバントというのは愚策だと考えています。実際に数字で証明されています。

しかしこの数字はあくまでバントをした直後の得点にしか注目していない訳です。バントの効果とは、相手の精神面やリズムを突き崩すという点であり、相手に何時でもバントという手札をちらつかせながら駆け引きができるということです。

特にランナーを気にする投手や、スクイズなどの戦術が使われ得る場面において、確実に内野の何処にでも転がせる打者がいるということはそれだけ自チームが多くの手札を持つことが出来るのです。

相手との駆け引きにおいて相手よりも多くの手札を保持して置くことは鉄則ですから、バントを軽視すべきではないと言えるわけです。




・バントによる長期的なメリットとデメリットは数学的には何も分かっておらず、求めることは出来ません。その場限りの戦術としてはデメリットの方が大きいと分かっていても、使い処が的確なら長期的にみて大きなメリットになります。

その流れを見極めるのはベンチの役目です。しかし、的確に組み立てても確実に実行出来ないと意味がありません。だからこそ川相氏の様な存在が貴重なのです。











→まあ、バントが精神面に与える影響ってのは何かしらあるだろう。

しかし、ワンアウトをむざむざ献上して攻撃機会を減らすデメリットは大きい。

なので、トータルで見たら、バントは得点のために効果的な戦術ではないと結論付けられている。

今では、しめしめ、バントでワンアウト取らせてくれたラッキーと思う守備側選手も少なくないだろうね。



→野球というのは人間がプレーする以上、流れやリズムが最も重要になります。この一点はプロにおいてもかわりません。実際、小技によってプレーに綻びが起こり攻撃と守備の両方のリズムを崩し、試合に敗北するということはプロ野球で多く起こっています。

また、バントによってリズムを崩されるのは個人だけではなくベンチも含めたチーム全体ですよ。



→もうバントは(ごく一部の特殊なシチュエーションを除いて)セイバーメトリクスで敗退行為であることは立証されてますからね。

コメ主のように「精神的な揺さぶり」を挙げる人は岩波書店から出ている2010年代の日本プロ野球のデータ本を買って欲しい。ノーアウト1塁から送りバントをすると普通に打たせた場合と比べて得点期待値も得点確率も両方とも明確に下がったという結果が出ている。

もしも本当に精神的な効果があるのなら、せめて得点確率(次の1点が入る確率)くらいはバントで同等以上にならないとおかしいでしょ。

自己犠牲の精神が大好きな日本人はまるで宗教のようにバントを崇めるんだよね。で、理論的に反論すると必ず精神面を持ち出す。いや、数値は精神的なものも含めた結果ですからね。




・バントって得点の確率を上げる一方で、複数得点の確率を下げる。

だから、目先の一点を取りに行くための単純な戦術と言ってよく、そう言う意味でバントは布石にはならない。

バントをやりそうでやらないとか、バントと見せてバスターとか、そういうのなら、次の機会に相手に迷いを生むから布石と言えるけどね。





・先頭出てバントって投手出身の評論家は投手が楽になるという人が多い。例えば同点の9回裏無死2塁で2番打者の送りバントとかかな。確かに精神的にプレッシャーはありそう。

ただ統計はそんな精神的にプレッシャーを与えられる場面も全部含めて、バントは最も効果的な手段ではないってデータが出てるんだと思うんですけどどうなんでしょうか。





・犠打については、当時の戦略上重要とされ、尚且つ成功率が高いからこそ、世界記録を打ち立てるほどの機会を与えられ、その期待に応え続けたから、川相の選手としての価値がある。

自由に自己判断でプレーして、安打の記録を築いた選手と数字で比較するだけが野球の面白さじゃない。

二度と生まれない記録は野球の歴史として記憶にとどめ、その当事者を賞するのもまた良し。




・筆者の意見を全否定する気はないが、記録によって自動的に入れる名球会と野球殿堂は違うと思う。筆者はデータ偏重の最近の傾向に毒され過ぎでは?

通算打率が低くてもチャンスでよく打ったとか、成績は大したことないがキャラクターによってプロ野球人気に大きく貢献したとか多様な価値を認めるのが殿堂だと思うので、そういう意味では巨人に在籍していたこともあって川相の知名度は高く、犠打記録も含め野村や石井以上にプロ野球の発展に貢献したと判断されたのではないか。




・時代が変われば野球そのものも変わる。

その時代にあったスタイルで最大限のプレーをする、スイッチヒッターもしていたりした川井には犠打が当時チームに貢献できるカタチだったと思う。

勝利に貢献できない本塁打王の評価と常に優勝争いをしているチームの四番打者と比べた場合、どう評価するかと同じ。

犠打記録はニッチに感じるだろうが、大谷の二刀流だってニッチ派手か地味で歓迎されるかされないかってのはどうかと思う。



→>時代が変われば野球そのものも変わる。ここ同意

今でこそ送りバントは非効率な作戦みたいにも言われてるけど当時は「ランナーでたらまずバント」がセオリーだったからな

川相はチームの作戦に従いその作戦に対してほぼ完璧にこなした結果が犠打世界一の記録
一芸に秀でた選手として殿堂入りしても良いと思う

ただこの記者の言おうとしてることも正直わかる。成績だけ見たら野村、石井の方が優れた打者には見えるからな。まぁ実名出して記事書いてるだけデスクに喋らせる記事よりは説得力もある




・今現在の価値観でいえば犠打の評価は低いのは理解しますが、だからといって川相の価値が野村や石井と比べてどうこういうのも違うのでは。

三者それぞれの特徴をみて讃えられないのか。確かに様々な指標のある現在では野村石井の方が上かもしれない。それでも、例え3割打てなくても鉄壁の守備と犠打という技があれば巨人のレギュラーになれるというのを証明したことは、大きな意味があると思います。

記事の言いたいことも分からなくはないが、もう少し表現の仕方がないものか。これでは結局川相を貶める記事にしか見えない。




・バント1本とヒット1本、どちらの方が価値がありますか?

川相の通算安打1119に犠打533を足しても1652にしかならない。
ノムケン通算安打2020本に遠く及ばない、石井琢朗の2432本はもっと及ばない。

要するに、ノムケンや石井琢朗よりも川相に投票する人たちはバント1本はヒット3本分くらいの価値があることを立証しなければならない。

これがいかに不条理であるかは小学生でも分かること。

この記者も川相のバント技術は認めた上で、また川相が良い選手であったことも認めた上で不条理に対して苦言を呈している。





・川相にあまりにも票が集中している不思議を書いているだけでしょ。

誰でも不思議に思うよ。もう少し接戦してるならともかくさ。





野球殿堂 (日本)


野球殿堂(やきゅうでんどう)は、日本のプロ野球などで顕著な活躍をした選手や監督・コーチ、また野球の発展に大きく寄与した人物に対して、その功績を称え顕彰するために創設された殿堂である。アメリカ野球殿堂に範をとった殿堂で、殿堂ホールは東京都文京区の東京ドームに併設されている野球殿堂博物館内にあり、肖像のレリーフが展示してある。

(全文はリンク先)








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※リンク先のpdfより引用



・この記者は宮本慎也が得票数192票を集めていることには疑問を持っていないのだろうか

2000本安打を打っているとはいえ打撃成績トータルだけだと野村や石井の方が上だと思うけど、シーズン犠打記録を持っているし
川相の殿堂得票を否定しようとする余り論理破綻している感じがする



→>この記者は宮本慎也が得票数192票を集めていることには疑問を持っていないのだろうか

意味がわからん。1200本ほどしか打ってない川相が宮本のように2100本打っていれば文句なんて言わないだろ。MLBの記録を持ってるエディ・コリンズだって3000本打ってるから誰も文句なんて言わない。




・川相氏の記録がその時代の日本プロ野球を象徴するものだからだと思います。

昭和から平成にかけて、初回に1番が出たら2番は送る。これが攻撃のセオリーでした。
今は科学の進歩もあり様々なデータから送らずに強攻したほうが点がとれることがわかってきたということだと思います。

当時の野球を象徴する川相氏の記録は日本のプロ野球史を語る上で必須かと個人的には思います。




・殿堂入りすべきは「他者より特筆した結果を残した者」なんだから、犠打世界記録は十分に野村・石井より殿堂入りすべき理由になるでしょ

言っちゃアレだが2000本安打は「名球会では当たり前の記録」になってしまう。野村・石井にそれ以上に特筆すべき成績がないともいえる

大げさに言うなら大谷はおそらく投手・野手片方だけで見たら、成績で殿堂入りできる成績は難しいだろう。
でも大谷は二刀流という特筆した結果を残す。殿堂入りってのは「他者が追いつけない可能性がある結果を残した者」ってのは最優先事項じゃないのか?と思う。





・少なくとも野村謙二郎さんは通算6人目、守備が重視される遊撃手としては初のトリプルスリー達成者。

そして石井琢朗さんは元投手で、勝利投手経験者2人目の2000本安打達成者。
両者とも充分に特出した個性も持ってる大打者ですけどね。

記事の書き方が川相さん下げでしかないので印象悪いですけど、その2人も充分に川相さんと同等の個性を持った選手だとは思います
。




・筆者は犠打は無価値と言いたげだけど、それは現代野球での価値観であって、当時はバントで得点圏に進めることが是とされていた。

過去の実績を評価する上で現代の価値観でモノを語っても意味がない。
現役当時に求められていた能力を極めて、球界の発展に貢献した人物を現代では不要な技術として切り捨てるとは愚の骨頂では。




・筆者は殿堂入りする選手を通算成績のみで選ぶのか。
その理論で行けば津田は49勝90Sだし権藤だって82勝。
彼らが殿堂入りに値しないかと言えばそうは思わない。

川相が野村や石井と違うのは「世界記録」という唯一無二の肩書で、これを評価することは間違いではない。

犠打数が世界記録でなければ殿堂入りするには物足りないかもしれないが、個人的には川相より野村や石井の評価が低いことが「不条理だ」と言うのには賛同できない。
もちろん野村や石井が殿堂入りに値する選手であったことは言うまでも無い。





・野球殿堂は、記録や貢献データではなく記憶で選ばれるからじゃないかな。
だから引退後ある程度年数経ないと選ばれない。

世界では通用しない犠打世界一というイメージで選ばれる。
井端が票数が少ないのもまだ若いからだ。
昔の選手ならば、渋いパリーグの選手よりも派手な巨人や阪神の選手が選ばれやすい。




・多種多様な選手がおり、それぞれの能力を活かしたものを積み上げていっている。
そこに貴賤はない。

数値としては筆者の言うとおり決して犠打が良いというわけではない。 
ただ振ると違い、犠打は基本的に戦略として指示されるものである。

決まった数の中で決めなくてはならなく、次出来ればいいやというものではない。何度か連続で失敗したなら送りバントの場面で出場することは減るだろう。




・セーフティではなく犠打である以上、基本的に一人がいなくなり一人が一つ進む。
ヒットを打てば二人が残り、さらにもう一つ進塁の可能性もある。

10何年かけて2000本安打は素晴らしく、同様に10何年かけて生き残り、また誰よりも多く積み重ねた記録を賞賛されて何が行けないのだろう。

アーチストが好きな人もいれば、職人技が好きな人もいて安打製造機が好きな人もいる。
それだけの話




・まったくその通り。言いにくいことをこのライターさんはよく言ってくださった。
犠打と、そして川相が過大評価されてるなあとは以前から思っていた。いや、川相は良い選手だ。しかし、野球殿堂のレベルかというとそうではない。

バントで得点圏に進めるのと、ヒットで塁にでること(ランナーがいたら得点圏に進めるし)価値は変わらない、あるいはヒットの方が上。

バント世界一と言っても600弱。川相より1000本以上ヒットを打ってる選手より評価が高いというのはどう考えてもおかしい。




・全選手で統計取ればバントすることによって点が入りにくくなることは本当であろうが、川相選手がやっていたのは2番打者であり、3,4番で点を取るスタイルであった巨人にあって普通の打者の前にランナー進めておくことと違った価値があった。

メジャーでも回が進めば1点を獲りに行く作戦でバントすることがあるのはやってはダメと言ってるわけでもなく、実際に川相選手のバント成功率を調べるわけでもなく記事を書いている薄っぺらさに残念




・以前は効果あった。って自分で答え言ってるじゃないですか。
川相さんはその時代のスペシャリスト。

2000本よりって言うけど犠打はランナーがいる場面でしか記録されないので代打で出たとしても条件としては厳しいと思います。




・せっかく分析技術が発達してるんだから川相のバントがどれだけ得点に繋がったか
他の打者に打たせてたら得点がどれだけ減ったかも合わせて載せてくれればよかったのに
張り合う相手がいない隙間産業で過大評価を受ける選手が今後出てほしくないのなら




・石井琢朗も野村謙二郎も守備も上手く打撃力もあるので殿堂入りはすると思います
川相の場合は一見地味ですが犠打の名手なんで唯一無二ですので殿堂入りでいいのでは



・アメリカではアメリカではって日本のプロ野球の殿堂には関係ないでしょ
あの時代のジャイアンツには川相が必要であれだけの記録を作った
そこに価値があって殿堂入りさせたいと思う人が多いのは何も不思議ではない




・別に川相がどうこうってことじゃないけど、この2人との差はちゃんと説明してほしいわな。

あと同年代だと石毛と辻も似たような扱いされてる。どれも川相より下だと思ったことは1秒も無い。





・この記事を書いた人は繰り返し川相の記録に価値がないとは考えていないと言っている。ただ、比較対象となる選手との評価の差がおかしいのでは?と疑問を呈している。

普通に自分が監督で、野村謙二郎と川相の二人からレギュラーを選ぶのなら野村謙二郎だろう。石井と比較しても石井を選ぶ人が多いのでは?









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