
3チーム目の広島から“優勝請負人”に…江夏豊、トレードの相手は?【プロ野球はみだし録】
江夏は南海でリリーバーとして成功、慕っていた野村克也監督の退団で移籍を志願して77年オフに広島へ。このときは金銭トレードだった。広島は投手リレーの最後に控える江夏の存在もあって79年に4年ぶり2度目のリーグ優勝。近鉄との日本シリーズでは第7戦(大阪)の9回裏、無死満塁のピンチを招きながらも切り抜ける“江夏の21球”という名場面もあった。
広島は2年連続で日本一に。その80年オフ、江夏は日本ハムの大沢啓二監督に請われて移籍することになる。交換で広島へ移籍したのはエースの高橋直樹だった。江夏は左腕の多かった日本ハムで投手陣の支柱となり、またもリーグ優勝に貢献。巨人との日本シリーズには敗れたものの、2チームにまたがって3年連続で日本シリーズに出場している。
83年オフに大沢監督が退任することになると、「俺がやめるんだから、お前もやめろ」と言われて、柴田保光、木村広の2投手との交換トレードで黄金時代の西武へ。柴田が結果を残した一方、江夏は広岡達朗監督と合わず1年で退団、メジャーに挑戦してから現役を引退している。
(全文はリンク先)
https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20230102-10&from=db_art
・江夏は、一番愛情があるのは阪神、居心地良くて良い思い出が有るのは広島だった、と昨年言ってたね。
人間の方は、一番尊敬するのは勿論、野村克也。
【関連記事】
・江夏さんとの交換で広島に行った高橋直樹さんが散々だったのには驚いた。
その後、再びパに戻って西武で活躍したのには更に驚いた。
・江夏さんを知ったのは日本ハム時代からで正直「大ベテラン」という印象。
小学生ながら書籍や映像を見て、大投手だったんだという驚きは今でも忘れられない。
大人になってからYouTubeや書籍で読んでも改めて「大投手」の江夏さんだったんだ、と思ってます。
オールスター戦の9連続三振、50年過ぎた今でも誰もが達成出来てないんだから。
・広島への移籍については広瀬新監督から「この状況でお前が抜けたら苦しい、残ってくれ」と言われてかなり後悔した、ってのを語ってましたね。ホークスとしても出さないと仕方なかったにせよ金銭というのは…
・江夏投手にリリーバーとしての道を開くきっかけとなったのは野村監督、ただ、江夏投手に相手打者との駆け引きができる力がなければ超一流のリリーバーにはなれなかったと思います。
・当時の西武の管理部長だった根本陸夫氏が、有望株だった柴田を放出してまで江夏を獲ったのは、戦力としてより、江夏の過去の経験や技術を若手投手に伝えることを期待してのことだったのかもしれないけど、結果的には、江夏獲りの効果はほとんどなく、ケンカ別れ同然で西武を去っていったのは残念だった。
・広岡監督は柴田投手を放出したのを批判してたと思いますが、柴田投手は既に西武には5年在籍し伸び悩んでたのもありました。
広岡監督においての2年間でも柴田投手は突出した成績を挙げておらず、トレードは柴田投手にとっても良かったと思うんですけどね。
・根本さんは、巨人が江夏の獲得を阻止する為に西武が出血覚悟で獲得したらしい。
・広岡監督と折り合いが悪かったのは確かだろうが、それでも20試合ぐらいは投げている。その年の西武は優勝争いから脱落して早々に若手に切り替えたのが(翌年は若手が活躍して独走の優勝)、江夏には辛い結果になってしまった。
・阪神といえば江夏ー田淵のバッテリーだっただけに、いろいろトラブルの噂は聞いていましたがまさかの南海へトレードには驚きました。
南海では先発で結果を出せませんでした。短いイニングなら活躍できる、と見抜いた野村さんはすごいし、言葉の力で説得したのはもっとすごい。
江夏さんにしたら近鉄や東映ではなく南海へのトレードが正解だったでしょう。
→南海に移る前年に、ダンプ辻さんが
大洋に出されたのも大きかった。
・最後が広岡西武でなければNPB初の200セーブを達成したと思う
ハムのエースだった高橋はセに全く合わなくパのままなら200勝に届いたかな?
・江夏さんは南海閥と縁があったようで、野村克也さん、野村さんの下でコーチをやってた古葉竹識さん、鶴岡監督の時代野村克也さんと同僚だった大沢啓二さんの3人の監督の下では、野球人として素晴らしい活躍をしている。
阪神時代の金田正泰氏と吉田義男氏は最悪の指揮官で、広岡達朗氏は管理野球を標榜して実績はあるように見えるが、実務は森昌彦氏が行なっていた。
ずっとカープにいるものだと思っていたので、トレードになった時は本当にショックだった。
・江夏さんの交換相手だった高橋直樹さんも、不思議とパリーグだけの人だったなぁ。
広島・巨人と日ハム・西武での活躍を期待したけど、やっぱりリーグの違いというか合う合わないっていうのが有ったのかな?
→加藤英司さんもパリーグだけという印象ですね
・江夏豊投手は阪神を皮切りに南海・広島・日本ハム・西武とセ・リーグに2球団、パ・リーグに3球団所属して通算206勝を挙げているので全球団から勝利を挙げているのかと思っていましたが実は阪神相手には一度も勝利を挙げられなかったので全球団勝利を逃していたのですよね!江夏投手なら当然達成していたと思っていたので意外でした!!
・江夏豊さんを一流のリリバーにしたのは野村克也さんです。野村克也さんの本を買って読んで観て下さい。詳しく書かれています。
それと豊つながりで大野豊さんを一流のピッチャーにしたのも江夏豊さんです。
・阪神と南海を出されたのは揉めたからしょうがないにしても、広島と日ハムがトレードに出したのはいまだによく分からない。当時のプロ野球はFAがなかったせいか、ときどきバランスの悪い理解に苦しむトレードがあった。
江夏がその後も広島にいたら、広島はあと何度か優勝出来たでしょうね。
・指導者になって欲しかったな。
ドラフト外で軟式野球出身で、1年目の成績が防御率135.00で同じ名前で、左投げで母子家庭の選手を厳しく育てたんだから。
【「かーぷぶーん」のYouTubeチャンネルを開設しました】
※
__________________
![]()
カープのブログランキングに参加しています。1ポチしてもらえると更新の励みになります
(´人・ω・`)オネガイ
![]()
![]()
カープのブログランキングを確認
野球全体のブログランキングを確認




コメント
コメント一覧 (1)
最多奪三振だったのに、新人王は歳食った社会人出身の
打者に持って行かれてるんだよね
不遜な態度で記者受けが悪かったのかなw
ぶーん
が
しました
コメントする