カープ新井貴浩の阪神FA移籍

広島・新井貴浩の阪神FA移籍は最後まで読み切れなかった(中尾孝義)

■阪神編成部の見立ては「広島残留」

 FA関連の調査も重要になる。今年はどこの球団の誰が国内FA権を取得するのか。日本の場合は「FAなんて興味ないよ。この球団に骨をうずめる」というケースが多い。

本人に行使する意思があるか、この選手は阪神に必要な選手かを見極めること。春先には情報収集に動き出すため、ネットワーク、人脈を構築しておかないといけない。

現場のコーチや知り合いの選手だったり、ギブ・アンド・テークで他球団の編成部の同業者と情報を交換することもある。いざ、宣言するとなった時、監督や球団に「取るべきか見送るべきか」と意見を聞かれれば、答えないといけないのも編成の役割だ。

最終的には球団社長や監督が決めるのだが、FAは億単位のカネが動くことが多いため、「調査は慎重に」が鉄則だ。

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/301907

・今でこそ愛されキャラだけど、阪神時代のカープファンにとっての新井はアンタッチャブルな存在だったからなあ。飲み会のネタとかでもガチギレされたことあるくらい。
そこから評価を挽回したのは何より本人の人柄ですね。





【おすすめ記事】



広島の新井貴浩は最後まで読めなかった。この年はスカウト業務も兼ねていたため、担当ではなかったが、FA宣言をするギリギリまで編成部の見立ては「残留の可能性が高い」だった。

それが「1カ月悩み抜いて結論を出した。残留したら、いつか後悔するかもしれない。カープが好きだからつらい。FAなんて、なかったらいいのに」と涙のFA会見。阪神への移籍が決まった。

もちろん、最終的に本人の意思を確認し、オファーを出したからだが、阪神フロントも驚いたというのが実情だ。

 新井貴は持ち前のリーダーシップを発揮し、新天地の阪神でも主力となった。東日本大震災の折には、選手会長として両リーグ同時開幕を訴え、11年に打点王に輝くなど、グラウンド内外で活躍。

14年オフに自由契約を申し出て古巣の広島へ復帰した。私は09年からスカウト専任で、アマチュア選手を発掘することになった。

(全文はリンク先)
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/301907


・結果的に阪神に行ったことが新井さんにとってもいい経験になったと思うし黒田と揃ってカープに帰ってきて3連覇に導いてくれたから結果的によかったと思う。

FAした時は腹たったけど新井さんの泥臭い姿勢がファンの気持ちを変えたと思う。それが2015年の開幕戦の初打席の大歓声だと思う。

いずれカープに戻って首脳陣として頑張って欲しいね。



・当時はかなり複雑な思いだったが、今となっては良かったのかと思う






・阪神ファンだけど、色んなメディアが『新井FA宣言で阪神へ』って記事を出しても「新井が広島から出る訳が無い。くだらない飛ばし記事を出すなよ。」と思ってた。
だからこそあの会見はビックリした。



・涙のFA移籍、阪神に来てくれたことに感謝します。
その後ケガをしてしまい、阪神での成績は誇れるものではなかったですが、もう一度広島のユニフォームを着て大活躍し、広島を25年ぶりに優勝に導いたのは、新井さんと黒田さんがチームを支えたの大きな要因だと思います。

いち野球ファンとして、「素晴らしいシーンを観たな~」と今でも思っています。



・金本は可愛がってくれる従兄弟のお兄ちゃん。ちょっと不良なお兄ちゃんに憧れてついてっちゃった。



・そのFAの決め手はやはり金本さんの存在ってのが大きいんだろうね。
その金本さんを引き込んだのが星野さん。
その星野さんを球団に推したのが野村さん。



→そして広島復帰を後押ししてくれたのが一緒に帰ってきた黒田さん。



・今のカープに対する新井のカープファンの思いや広島マスコミの新井に対しての対応を見ると新井のFAに関しては全くなかったことにされているが、当時は非常に泣きました。

ただ、翌年カープは初めてのCS争い(最終的に惜しくも脱落したが)
市民球場最後の年を新井が抜けた穴を栗原が埋め、アレックスも頑張りCS争いで盛り上げた。

そんな中、新井はオリンピックに出るもJAPANはメダルも獲れず、新井はケガして小さいころから思いがあったであろう市民球場ラストの数か月を怪我でグランドに立てなかった。

この件に関して当時から少し気の毒ではある…



・当時、カープの首脳陣、特に松田元は九州出身者、前田智徳や緒方を優遇し、金本や新井がどんなに活躍しても年俸は彼らを上回ることがなく、不満があった。

だから金本はフリーエージェントで阪神へ移籍し、新井も後を追った。その後、阪神の新井に対する厳しい処遇もあり、前田が引退したこともあったので、新井はカープに戻ることを決心した。



→金本はカープにいたときは年俸だけは野手でナンバーワンでしたよ
FA前に複数年契約を提示したのは金本だけ
確かに冷遇してたイメージもあるけど、それなりの待遇もしてた



・新井のカープ復帰に対して当時のカープの選手達が「新井さんどのツラ下げて帰ってきたんですか会」という名目で焼肉行って、そこで新井がちゃんとチームに溶け込めたのが良かったんじゃないかなぁ。

優勝したいから移籍したのに阪神では優勝できず、カープに戻ってから優勝したのは少しおかしな話。それでも阪神で過ごした7年間が新井を大きく成長させたと思う。



・新井さんは金本さんと単純に純粋に一緒に野球がやりたかっただけだと言ってました。



・黒田が戻る条件に新井を戻す事が前提条件なの知らなかったのかな?






・カープには帰れないと思ってましたが黒田氏の「新井をカープに復帰させてもらえませんか?」のひと事で復帰になった説も有ります

あくまで個人的な憶測ですが

ただ、新井氏の素晴らしい人格と野球に向き合う姿勢は素晴らしいと思います



・新井さんは金本さんからは来るなって言われてたらしいけどね。

タイガース時代にはネタに困らない人だったが、野球に取り組む姿勢とか、震災の時には労組のトップとして走り回って何とかセ・パ同時開幕にこぎつけた時には、スゴい人だなと思ったしな。

あまりに頑張り過ぎて、新井さんの体調を心配した当時の真弓監督が2~3日位甲子園のクラブハウスに出入り禁止話もあったな。



・FAで阪神タイガースへ移籍した時には「何言ってんだこいつ」と思っていたから、広島に帰ってきたいといったときは「どの面下げて帰ってくるんだ」とはじめは思った。

だけど、やっぱり帰ってきたら嬉しくなっちゃったな。戻ることをOKした球団も、受け入れてくれたカープファンも、そしてその期待に応えた新井さんも、みんなエライと思う。



・この前東広島でサンフレッチェOBの久保竜彦さんのトークショーがあったけど、当時サッカーを興味持ってない人間にとってはサッカー界の事情は分からなかったので、J2に落ちた責任取らずに自分だけ出て行った裏切り者だと思っていたけど、引退後サッカースクールを開くなど広島愛がある人だと思った

ある意味、新井さんみたいだ



・黒田が戻る条件に新井を戻す事が前提条件なの知らなかったのかな?



・いつかは丸も広島に戻れるといいね。



・阪神に出ていくときはカープを裏切った、なんて思いました。でも、また戻ってくると聞いたときは「ったく、しょうがねぇなぁ」みたいな都会に憧れて出ていった子が実家に戻ってくる感覚があった。



・江藤、金本に次いで主軸打者のFAはビックリしたし、当時は「カープが好きだから」って泣くくらいなら、FAするなよって思っていました。タイガースに行ってからは、カープが大好きな父親が、テレビ中継で新井を見る度にキレていました。

カープに戻ってくると決まった時は、正直あまり受け入れられなかったのですが、キャンプで若手みたいに声を出して土にまみれていた姿を見て、徐々に受け入れられるようになりました。

カープに当時足りなかったのは、こういう泥臭いところなのかなと思います。
タイガースでの数年間は決して悪いことではなかったと、今なら思えますね。





__________________

 

カープのブログランキングに参加しています。1ポチしてもらえると更新の励みになります
(´人・ω・`)オネガイ
にほんブログ村 2ちゃんねるブログ 2ちゃんねる(野球)へ
カープのブログランキングを確認
野球全体のブログランキングを確認